99.6%の純銀で作られた1点もののチェーンネックレス。それは白熱灯に照らされて禍々しい鈍色の光を放っていた。
ネックレスの先のペンダントヘッドは7.5ミリのフルメタルジャケットだ。そして、このフルメタルジャケットには仕掛けがある。弾丸の先端をひねると、中は空洞になっている。
そして、その空洞の中には1錠の白いカプセルが入っている。
一見、ただの風邪薬にしか見えない白いカプセル。
俺はいつでもそのペンダントを身に着けて暮らしているんだ。
ところで、「PCP」って言うドラッグを知ってるかい?
そう、俗に「エンジェルダスト」って呼ばれるアレだ。正式名称は、フェンサイクロ何とかというタイ人の名前みたいに覚えにくい名前だ。
何でも、猛獣に使う麻酔薬らしいんだけど。
それをキメたらどうなるかって?俺はまだ試したことがないんでわからないんだ。残念ながら。
この薬を売りつけた白人の売人はこんなこと言ってたんだ。
「スーパーマンになったまま天国に行ける薬だ」って。
そう、俺が身に着けたペンダントヘッドに仕込んでる薬って、この「PCP」なんだ。
何で俺がこんなもの持っているのか聞きたいかい?
最期に君だけに話そう。聞き飽きたらいつでもこの場から去っても構わない。
多分2度と君の前に現れることはないだろうから。
きっかけは、6年前なんだ。
そのころの俺は、大学も碌に通わないで、バイトで稼いだ元手で東南アジアの安宿を転々とぶらついていたんだ。
いわゆるバックパッカーってやつ。
目的も何もない奴が海外で覚えることと言ったら、「女か薬か」ぐらいしかないのがほとんどだ。
俺は、タイの売春宿で女の味を覚えてから、お決まりのように薬を覚えていったんだ。
最初に覚えたのはガンジャだ。
タイで、B&Bの同室のオージーからブッダ・スティックって奴を勧められて回しのみしたのが始まりなんだ。
煙を肺に入れてしばらくしたところで、俺は体が3センチ浮き上がるような独特の感覚を感じたんだ。
すべてが楽しくなり、笑い出したくなる気持ちで一杯だったんだ。そして、オージーが連れてきたバックパッカーの女と勢いでセックスしたんだ。もちろんブッダスティックをキメながら。
ナニの先がとけかかったバターのような感じがして、いままでにない快楽が俺を襲ったんだ。そして、俺の下で喘いでる女が絶世の美女に見えてきたんだ。
いったいいままでの俺のナニはなんだったろうかと思うぐらいの快感だ。
まあ、翌朝、トリップからさめて見た隣の女の顔は何ってことのない十人並み以下の女だったんだけどね。
それからかな、俺が薬におぼれ始めたのは。
でも、まだ俺は自分をコントロールできると思っていたんだ。
「コントロールできればOK」とばかり、俺はガンジャを決めまくっていた。
B&Bにいれば、自然に売人の情報も手に入れることはできるし。やがて、売人から買い付けるようになったんだ。
しばらくは、日本でバイトした金でタイに行ってガンジャを決めるって感じだったんだけど、決めるのにも金がかかるんだ。
そこで俺は、なじみの売人から多めに仕入れ、他のバックパッカーに高めに売りつけて、ガンジャ代を稼いでたんだ。
それはいい金になって、面白いぐらいに金回りがよくなったんだ。え?警察とかは大丈夫かって?いい質問だ。
一言で言えばノープロブレム。
大体、バックパッカーの中で、結構はまってる奴か、旅に出たての日本人にしか売りつけなかったし。
日本人はいい客なんだ。
だって、値切ること知らねえから言い値で買うし、世間体が怖いから警察に密告するとかありえねえし。
そして、他のドラッグも試してみたんだ。
ガンジャはもとより、スピードやLSDや揺頭とか・・・
どれもいい気分でキメられたし。
何より、スピードキメてセックスするとありえねえぐらい気持ちいいんだ。いつまでも精液出し続けていたいような感じで。
特に相手と2人で決めたほうがいい。
女の反応もありえねえぐらいヨガってやがるし。失神なんかも1回2回どころじゃないし、はてやお漏らしまでしやがる。
俺のほうもこすればこするほど快楽が激増している始末だ。絶対しらふに戻りたくないぐらいいいんだ。
スピードきめてセックスに耽ると、こすりすぎて血が出るんだ。
それでも気持ちいいからこすってしまう。
発情期のサルの気持ちがよくわかっちまう。もう俺は戻れないと感じてしまったんだ。
ノンドラッグの無味無臭のセックスに。
そして、十何度目かの旅のとき。
俺は、ヘロインと出会ってしまったんだ。
インドのゴアでレイブに行ったときに、売人から手に入れて、ビーチサイドのホテルで試してみたんだ。
・・・体が宙に浮かんでいるというか。
アンタも1度ぐらい経験あるだろ?あの春の朝の目覚め始めてから完全に目覚めるまでベッドにいる間の半分まどろんでるような心地よさ。
ずっと味わってたいと思わないか?
そう、それの100倍気持ちいい感じだ。しかも丸1日続くんだぜ
ちょっとまってくれ、薬が切れ掛かったんでまた決める。ここにアフガン産の上物があるんだ。目の前のアロマポットであぶるからアンタも決めないか?
だけど、この天国も決めてるときだけなんだ。
薬が切れると、全身の悪寒や痛みが半端じゃねえ。まるで体の中の自律神経がフルボリュームで演奏しているオーケストラのようにガンガン鳴り響きやがる。
そして、尻の穴に石が詰まってるんではないかと思うような便秘。
だけど、決めちまったらまたいつもの天国にいけるんだ。
その日からいままでの俺は、仕事で稼いだ金で薬を買う。この繰り返しなんだ。
仕事をしていないときは女に寄生して、女も薬漬けにして、女の金で一緒に決めてたりね。
一度薬漬けにしてしまえば、こっちのもんなんだ。
そう、この前まで俺が寄生していた女、パクられたの知ってるかい?そう、スターバックスでテーブルを蹴り飛ばした挙句、カウンターに放尿して包丁振り回してつかまった事件があっただろう?
その女だよ。
パクられた挙句、薬の出所まで吐きやがったから、俺がぱくられるのももう時間の問題なんだよ。
あれ、ヤロウ帰りやがった。
待てよ・・・全身がすごく痛む、まるで神経にムカデが1万匹這っているような嫌な感じだ。
頭も割れるように痛い。薬は何処だ・・・
もう切れちまったのか。死にたいぐらい苦しい。
ベルがしつこくなってやがる。
ドアを叩く音が硬い。おそらく警棒かなんかでたたいてやがるんだろう。
ドアを叩く音が頭に響きやがる。
スーパーマンになって逃げ出したい。
そうだ、このペンダントヘッドの中の薬を飲むとスーパーマンになれるとか言ってたな。
さて、それでも飲むか・・・。
今更警察に拘束されて禁断症状に苦しむなんざ、冗談じゃない。
・・・身体に火がついたように熱い。頭も割れるように痛いし。
身体中の筋肉という筋肉がパンプアップされた感じだ。
身体の節々に火が点いたように痛い。とにかくじっとしてられない。
頭のなかで声が聞こえる。叫び声とも命令ともとれない不気味な声が。その声の主が放つ言葉はただひとつだけなんだ。
「破壊せよ」
その声に誘われるまま手当たり次第に蹴り、殴る。手始めは目の前にある30インチのテレビを思い切り殴った。ブラウン管が砕け散る音に俺は射精しそうな快感を味わっててたんだ。
何かを壊すときは火が点いたような痛みも忘れられる。
畜生、なんてドラッグなんだ。俺が俺でなくなるみたいだ。
やがて、破壊衝動はドアの向こう側にいる奴等に向かっていき、徹底的に壊したいと思ったんだ。
テレビを壊すだけじゃ得られない快感かあるだろう。
それは向こうからやってきたんだ。
ドアを蹴破って、制服姿の男が2人、部屋に乱入してきたんだ。何かわけわからないことをがなり立てながら。
俺は制服姿の男の1人の髪の毛を掴んで、コンクリートの壁に思い切り叩きつけたんだ。そう、ゴキブリを叩き潰すように。
骨の潰れる感触が俺を勃起させて、血液と脳漿の感触で射精してしまったんだ。畜生、人を殺すことがこんなに気持ちよかったなんて何故今まで知らなかったんだろうか。ヘロインでラリッているときと段違いだ。
そう、生まれてから28年の間、初めて「生きている」ていう実感を味わったんだ。それまでの俺は死んでいるとしか思えない。
潰れたトマトのように血液と脳漿を撒き散らしながらその場に崩れていった男を放置して、もう一人の警官に向かっていった。
外に出て、目に付く全ての人間をこの手で殺してやる。
こんな気持ちいいことやめられるもんか。
残った警官は、俺に向けて発砲してきたんだ。
右肩に火箸を差し込まれたような痛みを感じる。
だけど、その痛みでさえ俺は興奮したんだ。
嬉しいじゃねえか、もっと俺を痛めつけてくれ。
俺に発砲したアンタを殺すともっと気持ちいいからさ。
俺は発砲した警官にタックルし、警官の上に馬乗りになり、ありったけの力を込めて殴りつづけたんだ。
もう俺はハイになっちまって痛みも感じない。ただ拳に残る骨を砕いた感触が妙に心地よくてひたすら殴りつづけたんだ。
俺の指の骨と相手のあごの骨、どっちが砕けたんだろうか。
殴り飽きて俺は俺の下にいる警官を見たんだ。
まるで潰しかけのゴキブリみたいになってやがる。もう壊れた玩具みたいに俺にとって何の価値もなくなっていたんだ。
最後に俺は、そいつの腹を踏みつけて、外に出たんだ。
外は晴れていて、鬱陶しくなるぐらい蒸し暑い。特に太陽の照り返しが、死にたくなるぐらい俺を憂鬱にさせる。
通りすがる連中は俺を見て、怯えを内に秘めた視線を向けてさっさと目を逸らしてるんだ。
一体、連中には俺がどのように映って見えるのだろうか。
畜生、この怯えと哀れみの視線が鬱陶しい、馬鹿にしやがって。みんな俺の手でゴキブリみたいに潰してやる。
通りすがる奴等をこの手で殺せたら、射精する以上に気持ちいいんだろうな。
手始めに、こいつから殺ろうか。
俺は、一人のサラリーマン風の男と目線が合ったので、通りすがりざまに、奴の腹部に向けて大きく回しげりしたんだ。
そしたら野郎、お腹押さえて蹲ってやがる。
蹲っている野郎に更に蹴りを浴びせる。
俺の足に感じる相手の骨が折れる感触。
ふと俺は、後頭部に物凄い衝撃を受けた。
思わず蹲って後頭部を触ってみた。
何か濡れたような感触。
思わず俺は自分の手を見たんだ。
そこには血に塗れた俺の手があったんだ。
そして、蹲ったまま俺は立てなくなっていた。
まるで自分の体じゃないみたいな感覚。
矢継ぎ早に俺は、体の方々に焼け付くような痛みを覚えた。
痛みの場所は、銃声の数に比例して増えていく。
そして、俺の身体を襲った耐え切れない痛み。
畜生、こんなところで薬が切れやがって。
夏だというのに半端じゃなく寒く感じる。
まるで体中が1万匹の百足に噛まれながら這われるように痛くて気色悪い。 そして、頭では「立て」と命令してるのに全然動きやしねえ俺の両肢。
畜生、あの売人め、とんでもねえ嘘つきやがって。
何が「スーパーマンになったまま天国に行ける」薬だ。
全然スーパーマンじゃねえよ。こんなの。
とにかく痛くて、とにかく苦しくて気が狂いそうだ。
誰か・・・この苦しみから俺を抜け出させてくれ。
ふと、左の頭部に衝撃を感じ、俺の目の前は真っ暗になった。